「華鬢」 150×162 第7回山種美術館賞優秀賞 山種美術館蔵
20代の後半、初めて印度を訪れる機会があった。眼にするもの全てが魅惑的で面白い。想像力が研ぎ澄まされ、創作の力が沸々と湧いてくるような感覚に酔い、それから何度もこの国に足繁く通う事になった最初の旅だった。なかでも、強烈な匂いと種々雑多なものが入り混じるベナレスの街の喧騒は凄まじい。沐浴の祈りの声、物売り子に物乞いの必死な瞳、サルや牛がウロウロし、力車や車が無秩序に走っていく、そんな中で悠々たるガンジス川は全てを飲み込み、浄め、流れて行く。じっと見ていると、その川辺の片隅で、木のやぐらが組まれ、幾百の花と共に一体の屍が荼毘にふされていた。無言の人々がみつめる白煙。やがて黄色になって燃え上がるその炎の塊。一つの命と引き換えに燃え盛る炎の妖しさと、対照的に傍らには静かにゆったりと流れる聖河。私の胸の奥には何か熱いものがこみ上げ、何かで表現せねばならぬような焦燥感に、帰り道も足が地につかぬ思いだった。
帰国しても、その胸を突く思いは続いていた。そんな折、思いもかけぬ山種美術館賞展出品への推薦の知らせが届く。この思いを表現せねばと、来る日も来る日も悩み、描き、消して、洗い、また描いての堂々巡りだ。しかし、充実した時間が流れていった。そして描き上げたのが、母なるガンジスを流れ、旅立って行く華曼陀羅の世界、この作品である。
図らずも優秀賞を受賞し、会場に飾られたこの作品の前で、武蔵野美術大学の教授であった麻田鷹司先生に「西田君、20代の最後の歳で20代の代表作になる作品が滑り込みで描けてよかったですね。」との言葉を頂戴した。真に、人生でも画業でも迷の多い20代であったが、やっと画家として生きる勇気を与えてくれた一作でもある。