「プシュカールの老人」 218×172 第80回院展日本美術院賞大観賞 第1回足立美術館賞
足立美術館蔵
印度の西部に、ラクダ市で有名なプシュカールという町がある。といっても、半月前には何もなかった砂漠の土地に、柵が打たれ、テントが張られ、出店や食堂が出来、移動の遊園地まで作られて、あっという間に何万人もの人やラクダが押し寄せ、お祭りが終わると消え失せるという魔可不思議な処である。そんな町の奥にある静かな村にその長老はいた。
私は印度に留学するまで、人物画より風景や動物を描いている方が楽しかった。まして印度は広い。雄大な自然、数多くの遺跡、豊かな動植物。それらを手当たり次第に描きながらも、絶えず彫の深い印度の人々の視線が気になって仕方なかった。まずは知り合いの印度人から描き始めた。基本通りに、ポーズを決め、スケッチブックにあたりをつけて描いてみた。しかし、思う様には描けはしない。何十人か描いてから気が付いた。どちらがモデルか分からぬくらいに興味津々に見つめる彼等の視線をまともに受ける自信が無かったのだった。それからは心で受け止めた。彼等の鋭い眼光も訴えるような視線も真っ向に受け、瞳から心の中まで入り込む気概で描きはじめた。すると少しだけだが、自分の求めていた人物画への道が開けた気がした。
帰国後の初めての院展には迷わずこの長老の作品を描き、受賞した。時折、今は足立美術館に展示されているこの作品の前で、私は己の作品としてではなく、長老と向き合うことがある。歩むべき画の道への答えのない問いではあるが、彼はいつも変わらぬその瞳で静かに励ましてくれる。